一を聞いて虚数解

枠の外の話

イメージとしての名前

公園や広場とあればいまやどこでも行われてる点では国民的スポーツだとは思うんだけど、どうなんだろう。
ゲートボール改めリレーション 「高齢者」イメージ払拭へ

まあ、厳密にはルールによって表現を変えるだけだそうで、「ゲートボール」という名称は残るらしい。
確かに「ゲートボール=高齢者」っていうイメージは出来てるとは思うけど、全部ひっくるめた場合「リレーション」やってる人と「ゲートボール」やってる人とどっちが多いのかと言う疑問とか、こんな高齢化の時代ゲートボールから変える方が、これまで築いた文化的名者を壊すような気がするようなとかあるけど。

というか極端に考えると、別にゲートボールをお年寄りがやるスポーツというイメージがあって何が悪いのやらと感じる時も。まあ、年寄りしかやってないってイメージがあるってのが問題なのかもしれないけど、「老若男女誰でも出来る」ってイメージはこれから強みになるような気すらしているわけで。

名前にはイメージをがらっと変える力があるけど、イメージをもうちょっと違う見方してもいいんじゃないかなとか思ったり大衆的娯楽としての面か、スポーツとしての面か。