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一を聞いて虚数解

枠の外の話

システムの上は自由であって欲しい。

よもやま話 blog

blogってプラットフォームの利点ってなんだろって急に考えてた。
「長文書いても短文で終わらせても怒られない」「写真を載せなくても構わない」
ってところなんじゃないか。

世のSNSは「写真」に重きを置いてる。文字数制限があろうとも無かろうとも長い文章は基本読まれないし敬遠される。「まとめサイト」とか「キュレーション」とかいうどうしようもないのが隆起してるのもだいたい長文が読むのも書くのも面倒だから(書く方は分量割こうともちゃんと書けよとはつねづね思うが)

掲示板とかパソコン通信とかは制限の中でああいう短文文化になったし、コミュニケーションだと短くすることには見やすさと「略称が通じることでの繋がってる感」とかもあるだろうし。このへんは必然だとは思う。

その辺をさておき、テキストメインのサイトが定期的に簡単に更新できるプラットフォームがblogってシステムなんで。レスはあるかもしれないけどとりあえずただひたすら書く、そのための場。のためのシステム。書評なのにその本より長い文章になってもいいのではとも思うし、書評(10文字)でもいいじゃない。あくまでシステムなんだから

画像を載せるのは百聞は一見にしかずっていうしいいことだとは思ってる。けど、べつに機種のパワー任せのくっそ重い画像を並べたあの辺のアレを見るとそりゃないわーってなるのも事実だし、それはいいけど「機種のパワー任せの画像を貼るのがインターネッツのお作法」みたいな風潮に染まるのも嫌だ。

もちろん、反対に画像しか載せないのもblogはありなんだろうなとも思うし、そのへんの自由さが「blog術」とかいうのでなくなっていくのが嫌だなってなる。

要はblogって「投稿・編集管理プラットフォーム、ないし、そのシステム」なんで、そこに対して「こうしろ、ああであるべき」って話isめんどくさいし滅びて欲しいし。あの辺がそれで飯食ってるからなんだと。俺は自由にやらせろ。ただそれだけです。ハイ。でもその方が絶対面白くなる。